2026年7月24日に元記事を公開した時点では、一級建築士試験を大学在学中に受験できるようにする建築士法改正が検討されている段階でした。

その後、建築士法の一部を改正する法律(令和8年法律第74号)は2026年7月31日に公布されています。

制度の最新情報は、国土交通省の公式案内を確認してください。

国土交通省|建築士法の一部を改正する法律(令和8年法律第74号)について

この記事では、制度改正そのものの賛否ではなく、在学中受験が当たり前になったとき、大学の建築教育がどう変わる可能性があるのかを考えます。

在学中に受験できることには大きなメリットがある

学生のうちに一級建築士試験へ挑戦できれば、就職後に仕事と試験勉強を両立する負担を減らせます。

資格取得までの道筋が早く見えることも、建築業界を目指す学生にとってメリットです。

若い世代の受験機会を広げ、将来の建築士を確保するという制度の方向性には合理性があります。

一方で、大学生が使える時間そのものが増えるわけではありません。

試験勉強へ時間を使うなら、その時間は大学生活のどこかから持ってくることになります。

在学中受験で得られるものと、失われるかもしれないもの
在学中受験で得られるものと、失われるかもしれないもの

大学4年間の使い方が変わる可能性がある

建築系の学生には、資格試験以外にも多くの学びがあります。

例えば、

  • 設計課題
  • 卒業設計・卒業研究
  • 建築史や建築思想
  • 地域調査
  • 模型制作
  • コンペ
  • インターン
  • 研究室での活動

です。

在学中の試験合格を本気で目指すなら、最終学年だけ準備するのではなく、より早い学年から試験を意識する学生も増えるでしょう。

そうなると影響は4年生だけにとどまりません。

大学4年間の学習計画そのものが、一級建築士試験から逆算される可能性があります。

「在学中合格者数」は大学にとって分かりやすい実績になる

建築教育の質は、数字だけでは比較しにくいものです。

設計教育の特色、研究テーマ、教員との距離、地域との関わり、卒業制作の環境などは、大学ごとに価値が違います。

一方で、

  • 在学中の学科合格者数
  • 一級建築士試験の合格実績
  • 資格取得支援の充実度

は非常に分かりやすい数字です。

大学選びをする受験生や保護者にとっても比較しやすいため、在学中合格の実績が大学広報で重要になる可能性があります。

在学中受験の拡大が大学の広報や教育に与える連鎖
在学中受験の拡大が大学の広報や教育に与える連鎖

大学と資格学校の連携が強まる可能性

大学が一級建築士試験の合格実績を重視するようになれば、資格学校との連携も強まりやすくなります。

大学には、

  • 学生
  • 教室
  • 授業時間
  • 学内での情報発信

があります。

資格学校には、

  • 試験分析
  • 教材
  • 講師
  • 模擬試験
  • 学習スケジュール
  • 製図指導

のノウハウがあります。

両者が組み合わされば、学生にとって非常に強力な資格取得環境になります。

これは学生支援として大きな価値があります。

ただし、それが大学同士の合格者数競争になったときは別の問題が生じます。

合格者数と、建築教育の質は同じではない

学生数が多い大学は、合格者「数」では有利になりやすくなります。

資格対策へ多くの資源を投入できる大学も有利です。

その結果、

  • 少人数で設計教育を行う大学
  • 保存・再生に強い大学
  • 木造建築を深く学ぶ大学
  • 建築史や都市研究に特色がある大学
  • 地域に根ざした教育を行う大学

など、数字では比較しにくい大学の特色が見えにくくなる可能性があります。

資格試験に強いことと、建築教育として価値が高いことは同じ指標ではありません。

「受験できる」が「受験して当然」にならないか

制度上は、受験するかどうかは学生自身が選べます。

しかし、大学が在学中合格を強く打ち出し、周囲の学生も受験するようになれば、心理的な意味は変わります。

資格取得を優先しない学生が、

在学中に受験しないと不利なのではないか。

と感じる環境になる可能性もあります。

本来は卒業設計や研究へ時間を使いたい学生まで、資格試験対策を優先せざるを得なくなれば、制度上の自由と実際の自由には差が生まれます。

試験対策へ使う時間には、必ず代わりに減るものがある

大学の時間・教員・教室・予算は有限です。

資格対策を強化すること自体は学生支援になります。

しかし、その分だけ何か別の活動へ使える資源は減ります。

建築士試験では直接得点にならなくても、

  • 正解のない設計課題を考え続ける
  • 現地を歩いて調査する
  • 模型を何度も作り直す
  • 建築の歴史や思想を学ぶ
  • 卒業研究で自分なりの問いを掘り下げる

という経験は、建築を仕事にしていく上で重要です。

試験に出ない学びにも、大学でしか得にくい価値があります。

本当に増やしたいのは「受験者」だけではない

在学中受験によって、受験者や合格者は増える可能性があります。

しかし、建築士不足を考えるなら、その先も見なければなりません。

受験者が増えることと、実務を担う建築士が増えることは同じではない
受験者が増えることと、実務を担う建築士が増えることは同じではない

必要なのは、

  1. 受験する
  2. 合格する
  3. 免許を登録する
  4. 建築実務へ入る
  5. 資格を生かして働き続ける

ところまでつながることです。

若手の待遇、労働時間、責任、職場環境、実務経験の積み方といった問題は、受験機会を広げるだけでは解決しません。

資格取得支援と建築教育を、トレードオフにしない

在学中に受験できることは、学生にとって大きな選択肢になります。

大学が資格取得を支援することにも意味があります。

だからこそ、

一級建築士試験の合格実績だけで、大学の建築教育全体を評価しないこと

が重要だと思います。

資格を取りやすい環境をつくる。

同時に、試験には直接出ない建築の学びも守る。

大学ごとの特色や学生自身の選択も残す。

建築士を増やすための制度が、結果として建築を学ぶ時間の幅を狭める制度にならないこと

在学中受験が広がるこれからだからこそ、資格取得と大学教育を別々の価値として見ていく必要があります。